こんにちわ、RYOです。
今回は19日に行われたルマン24時間レースを振り返ります。
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レースが始まる前から降りしきっていた雨により、SC先導でスタートしました。
これがまさか波乱の前兆であったとは・・・

レース開始から約1時間が過ぎるとSCが引っ込みましてレースが再開されます。
すると飛び出していったポルシェにトヨタが肉薄し、その後をアウディが追うという展開になりました。
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しかし、再開して間もなくアウディの7号車がトラブルでピットインし、戦線を離脱してしまいます。
(ターボにトラブルが出て、ガレージに入れられたため大幅に遅れをとることに)
そんなアウディを尻目に速さを見せるポルシェと、1スティントを長く取れるトヨタがレースをリード。
日が落ちるとポルシェの1号車にもトラブルが起き、レースはトヨタに支配権が移ります。
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この頃になりますとヤフーのトップページにもトヨタがリードしていることが掲載されまして
トヨタのルマン初制覇に期待をかけるファンのコメントも多く見られました。
レースはそのままトヨタの2台とポルシェの2号車の3台によるデッドヒートが残り3時間という
ところまで続いていきました。
しかし、その頃からレースが動き始めてきます。
まず小林可夢偉ドライブの6号車がスピンし、コースアウトでマシンを傷めピットイン。
これでレースはポルシェの2号車とトヨタの5号車の一騎打ちとなります。
それでもトヨタがポルシェに1分以上のリードを築き、そのままチェッカーを受けるのかと
誰もが思っていた矢先に悲劇は起こります。
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レースも残り6分ちょっとというところで中島一貴の無線からこんな叫びが聞こえてきました。

「ノーパワー!ノーパワー!」

5号車はみるみるうちにスピードを失っていき、ホームストレートに力なくマシンを止めます。
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その横をポルシェの2号車が通り過ぎると、レースに決着がついてしまいました。
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なんという幕切れでしょうか。
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優勝はポルシェ2号車の元へと転がり込んだのです。

わずか数分前まで歓喜に沸いていたトヨタのピットはまるでお通夜の会場のようになっていました。
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レース結果はこちら。
結局トヨタ5号車は規定により完走扱いにならず、後退していた6号車が2位に入りました。
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どうしてトヨタは勝てないのか?
かつてトヨタのマシンが優勝争いに絡んだことは4度ほどありました。
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1992年、3.5L・NAエンジン規定によるマシンが覇を競った年に挑んだTS010。

強豪プジョーに挑むも総合力で遅れを取り、2位に滑り込むのがやっとでした。
続く94年、グループCのマシンがルマンを走った最後の年にトヨタ絶対有利の中で走ったのが
トヨタ94C-Vでした。
無題
残り1時間少々というところまでトップを守るも、トラブルに見舞われ後退し敗れました。

GT規定になったルマンでトヨタが完全勝利をもくろんで送り出したマシンがTS020。
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このマシンで98年と99年のルマンに挑みましたが、いずれの年もレースをリードしながら
トラブルによってリタイアという結果に終わりました。
99年は後方を走っていた日本人トリオの3号車が驚異的な追い上げでBMWに喰らいつくも
まさかのタイヤバーストで自滅し、またしても勝利を得ることなくルマンを去りました。

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日本人トリオによる2位表彰台という記録は今も破られていません。
勝てるマシンを数々擁しておきながら、いずれも勝てなかったトヨタ。
ogp
本当に何が足りないのでしょうか?
ルマンのレースを見守る神はトヨタを毛嫌いしているのでしょうか??
この結果には本当に落胆しました。
トヨタは来年もまたルマンに挑むという発表を行いましたが、彼らが勝つところを見ることは
叶うのかどうか。
ポルシェもアウディもレースを支配することができないまま終わったのですから
このままで終わるつもりはないでしょう。
来年は今年以上に凄まじいレースになることを期待したいと思います。

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